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“衝撃の勝訴!”まねきTV”
「マーケティング・ホライズン」 '07.4月号

放送や通信の技術革新に伴う新しいサービスモデルの登場により様々な著作権侵害のトラブルが生じている。 "権利の束"といわれる著作権の法体系が、現実の市場の動きに対応できていないのがさらに拍車をかけている。このような状況の中で、放送と著作権に関して現行の放送法、著作権法の解釈を一変させる衝撃の"判決"が出された。"まねきTV訴訟"である。サービス内容はこうだ。地方や海外への転勤者には東京のTVを見たいというニーズは高い。そこでソニーの映像転送機器ロケーションフリー端末(ベースステーション)を顧客が購入し事業主体の"まねきTV"側に機器を預け月々の管理料を支払う。そして顧客はその希望に応じてインターネット経由で地方でも海外でも番組を視聴できるというサービスである。

これに対して、NHKと民放5社は、放送事業者に認められている送信化可能権を侵害しているとして本サービス差し止めの仮処分を求めた。しかし、これがなんと、東京地裁でTV局側が敗訴('06.8.4)。そして知財高裁でも敗訴し('06.12.22)、さらに最高裁への許可抗告の申し立ても不許可とされたのである('07.1.31)。

放送局側は、送信可能化権の侵害だけでなく、出演者の権利の保護やオリンピック等の国別管理が必要なコンテンツの著作権管理ができなくなると主張。またそもそも、このサービスを提供するためのアンテナからケーブル、ルーター、当該機器も含め一体のシステム装置であり、不特定多数の者が放送をインターネット経由で視聴できるようにするのは個人利用の範囲を超えるものである。放送事業者及び著作権者の許諾がない限り許されるものではないと主張したが、結果は敗訴したのである。

判決理由は、「利用者自身が機器を所有し、操作している。これは私的視聴である。故に、"まねきTV"側は、単にハウジングサービスをしているだけであり合法である。」とした。 過去にもネットを使った番組配信サービスがあったが、いずれもサービス提供者側が敗訴している。例えば「録画ネット」敗訴の理由は、TV、PCの販売からホスティングまで利用者の手をより煩わせない方法でサービスを提供したことが「送信の主体、即ち侵害行為の主体」と認定されたことによる(俗称カラオケ法理)。しかし、本事案を担当し、勝訴に導いた藤田康幸弁護士によると「個々のベースステーションは、それと "1:1"に対応したモニタ等との間でしか通信できない。まねきTV側は利用者の視聴を管理しておらず、単にハウジングサービスをしているのであり、送信可能化権の侵害に当たらない。」と語る。

この判決の意味するところは、極めて大きい。著作権法や放送法、そしてTV業界のビジネスモデルを根幹から変える可能性を秘めているのである。個人のTV視聴を楽しむ権利をどう守るのか。また、権利者の権利保護の仕組みはどのようにするのか。インターネット技術が進化する中で動画配信やTV番組をエリアで制限すべきなのか。県域免許制度や区域外再送信を禁ずる現在の放送法を維持するのか。そして、著作権法で規定された「送信可能化権」は実態に合っているのかなど大きな問題を投げかけている。

さらに、この判決結果は、地方局の経営の問題にも直結する。地方局の本来の役割は、地域文化の発信と報道である。しかし、現状では人気番組の多くはキー局から供給され、自社制作番組比率は約15%程度と番組制作能力は低下している。そしてCM収入の多くもキー局に依存しているのが現状である。区域外再送信が拡大すると地方局の存在理由は益々薄れ広告収入にも大打撃を受け経営が成り立たなくなる。当然、無料広告放送というビジネスモデルの転換を迫られる。

一方、この判決結果により、視聴者が望む様々な新しいサービスモデルが開発されるというプラスの側面もある。地方在住者や地方・海外転勤者には東京のTV番組を見たい、あるいは野球やサッカーの熱狂的なファンにとっては地域のコンテンツを見たいという強いニーズがある。そこで、ネット事業者やサービスプロバイダーが "ベースステーションを預かり" 自社のBBサービスとセットで販売し、"あくまでも個人視聴という態様"を取れば、地方でいや、日本全国、世界で東京や地域のTV番組が見放題という便利なサービスなども考えられる。

市場に登場して20年の"現行インターネット"はすでに"使いづらいオールドメディア"になっており、市場ニーズの変化や技術進化の視点から見ても次世代の技術により大ブレークする時期に来ている。TV業界に於いても、ワンセグ放送はすでに始まり、デジタル放送全面移行は'11年とTVのパラダイムシフトは視野に入っている。既得権益を守りながら放送と通信の融合や連携を模索しているのでは間に合わない。視聴者はすでに変わっているのである。新しい技術は、多少の問題をはらみながらも顧客主導で新しいサービスを生み出すのは歴史が証明している。 今後、NHK及び民放5社は、争いの場を本訴に切り替え徹底的に争う構えを示している。しかし、TV業界は、今回の判決の意味するところを真摯に受け止め、"守る"だけでなく"破る"、"離れる"事も重要ではないだろうか。即ち、時代を先取りした映像配信/情報サービスを考えるべきである。今後関連業界による将来を見据えた問題の解決を期待したい。

*送信可能化権 実演家などに認められる著作隣接権の一種。放送番組などがインターネットを通じて勝手に再送信されるのを防ぐための権利。'03年から放送事業者にも権利が付与された。

(2007. /縄文コミュニケーション 福田博)